私の知人に、過去を捨てられる人がいます。
ネット上での過去限定っぽいんですが、ハンドルネームをがらっと変え、Webサイトやブログなども別サイトのようにしてしまうんです。
しっかりと告知をするので突然消えてしまうわけではないのですが、私にはできない芸当なので、ある意味では羨ましく、ある意味では不思議に感じます。
私も、ネット内でも色々なことを経験してきました。
楽しいことも辛いことも、嬉しいことも悲しいこともありました。
そんな私も、過去に一度だけ名前を変えています。でもそれは過去を捨てるための改名ではなくて、むしろステップアップのための改名でした。サイトもそのまま存続しているし、当時の名前が何だったか、改名の理由も添えて記しています。
様々な過去があるから、今の自分がいると思っています。
酷い裏切りにもあい、本気で恨んだ最初の人も、ネットでの繋がりでした。でも不思議なもので、時間が経つと当時なんでそんなに怒ったのかと思ってしまいます。許すか許さないかと問われれば、できることなら許したいけれど、私から引導を渡す気はないという答えになるでしょうか。
過去を捨てられる知人は、私の知る限りこれが3度目です。
頻度としては1年から2年に一度の割合です。
過去を積み重ねなく、そしてその度にキャラクターも変化するので、この数年間全く成長をせずにネットライフを送っているように思えます。
リアルには親友と呼べる人がいないそうです。
それはそれで、とても悲しい人生を送っているなと思います。
ただ、自己分析をしっかりしているのにも関わらず、いつまで経っても同じようなことを繰り返すので、近くにいると疲れてしまうタイプなのです。初めはどうにかしようと、昔からの知人のネット友達と一緒になってあの手この手を出していきました。でも、私には、知人の全てを受け入れられるほどの器が無かったんでしょうね。喧嘩というか、意地悪というか、そのようなことを私からしてしまったんです。本心からの謝罪をし、受け入れてくれたので良かったことは良かったのですが、それによってその知人からゆすりのようなことを受けました。
変にエスカレートをすると怖いので、私は知人から大きく距離を取りました。最終的に知人は自分の完全勝利と思い、しばらくは意気揚々としていたらしいです。共通の知人に言われました。
「お前のしてしまった行いは罪深いことではあったかもしれないけれど、感情的には十分に許される範囲だ。しかも他の多くの人間が抱いている気持ちを代表して出してくれたような形になったので、本心を言うとスカッとした。でも喧嘩は売った方が負けで、売られた方は泣けるという最高の武具を使用できる。あいつは隙間を巧みに縫いながら逃げつつも、捨て身で攻撃をする。だから、距離を置いたのも正解だろう。あいつは生きている間、常に敗北だ。だから私はあいつに勝利をしたと思わせなければならない。中立の立場を貫きたいのだが、あいつの足場を守っていかなければならない私を許して欲しい」
それから約半年。
もっと大きな何かが、その知人に降り注いだそうです。
しばらくネットから姿を消し、復帰したと思ったら過去を捨てる行動を取ったらしいです。
その知人には、もっともっと正面から正々堂々と生きて欲しいと思っています。
「いいか? 過去を清算せずに捨ててしまうと、こいつのように何度も同じ事を繰り替えすことになる。そして一向に成長しない。付き合わされる方も、成長することを拒まれているような気さえしてしまう。お前は、あいつとは正反対の場所にいる人間だ。そしてお前は、綺麗にあいつとの過去を清算した。おめでとう。もう自由の身だよ」
共通の知人から送られたこの言葉が、とても心に痛みました。